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避暑地のリゾートホテル、歴史と伝統のクラシカルホテルを堪能する

歴史と伝統のある避暑地のリゾートホテルには、そこにだけ流れる時間や空気があります。

それは、建物や料理、スタッフたちだけではなく、そこに訪れる方によっても作り出されています。

この記事では、大人になった今だからこそ、品格を持って訪れてみたい、避暑地のリゾートホテルを5つ紹介します。

愛知県「蒲郡クラシックホテル」
松林の中、時を忘れて浸りたい文人も愛した風格漂う佇まい

蒲郡クラシックホテルから見下ろす海岸線から200メートル先に緑に包まれた竹島が浮かび、対岸にかすかに見えるのが渥美半島です。

この風景を愛した文人は多く、志賀直哉や谷崎潤一郎、高浜虚子、川端康成・・・など。

新幹線ができる前、旧東海道線からは「小高い丘の松林から緑色の古風なホテルの背面のぞまれた」池波正太郎はそれを眺めながら「帰りには一日二日、蒲郡に寄ってのんびりしたいな」と思ったそうです。

ホテルができたのは1934(昭和9)年、国際レベルのホテルを整備しようという国の王リジェクトに一環でした。

昭和62年にプリンスホテルの傘下になり「蒲郡プリンスホテル」と称していましたが、今は呉竹荘へと事業継承されています。

玄関を入ると、吹き抜けのロビーが瀟酒です。

2階のバルコニーから人品卑しからぬ初老の夫妻が入ってくる光景を眺めると、もいかにも一流のホテルの雰囲気を感じます。

客室から松林と海と空が溶け合う風景に身を浸すのもいいのですが、松林の中の茶室で薄茶を味わうのもいいものです。

 

 

食事は2階メインダイニングルームのベテランシェフの手による華麗なプレミアム料理や鉄板焼き、蒲郡グルメ、スタンダードなど目眩くような選択肢です。

 

[surfing_su_box_ex title=”蒲郡クラシックホテル”] ・愛知県蒲郡市竹島町15-1
・客室数:27室
・チェックイン:15時
・チェックアウト:12時
・東海道本線蒲郡駅よりタクシーで約5分
・東海道本線豊橋駅よりタクシーで約30分
・東名高速道路音羽蒲郡ICから三河湾オレンジロード経由で車で約15分
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秋田県「十和田ホテル」
北の地に国の威信をかけて造られた昭和初期創建のクラシカルホテル

十和田ホテルが完成したのは昭和13年です。

激動の時代を生き抜いた建物は、かつての華やかさを誇るかのように、凛とした風格を漂わせています。

吹き抜けの本館に足を踏み入れた途端、和と洋の巧みなしつらいに、心を打たれます。

太い秋田杉の丸太柱です。

ケヤキの踏み込み板、洋館であるものの、すべてが和の伝統技法で築かれています。

十和田ホテルは、湖畔を見下ろす高台に建っています。

周囲は、ブナの原生林です。

甲高い野鳥の鳴き声が、森閑とした空気を漂わせて耳に届きます。

早朝、アカゲラがホテルの壁を突付く音で目覚めることもあります。

老朽化した内外装を一新して、十和田ホテルがオープンしたのは平成10(1998)年です。

見事な建築美に彩られた本館は、可能な限り開業当時の姿に復元されました。

贅を凝らした玄関は、部材をすべて解体して磨き上げ、寸分の違いもなく組み上げるという徹底ぶりです。

年齢を重ねた床も柱も、艶やかな輝きを取り戻しました。

一部屋ごとに意匠の異なる客室も、広く快適に改装されていますが、天井や床の間など、主要な部分は変わっていません。

 

 

十和田ホテルはもともと、国の威信をかけて造られた、外国人観光客向けの高級ホテルです。

国の要請を受けて秋田県が建築しました。

現在は、土地と建物は秋田県の所有です。

大手ホテルの協力を得て、第三セクター方式による運営を行っています。

宿泊料金はリーズナブルです。

簡素ながら、丁寧な対応も、実に気持ちがいいです。

手を抜いていると誤解するかもしれませんが、サービスはできるだけ控えめにしているそうです。

十和田ホテルは、ゆったりと流れる濃密な時間を楽しむための宿です。

スタッフも、そこのところを十分に心得ているようです。

 

 

[surfing_su_box_ex title=”十和田ホテル”] ・秋田県鹿角郡小坂町十和田湖西湖畔
・客室数:和室19室、洋室28室、特別室3室
・チェックイン:15時
・チェックアウト:10時・東北自動車道小坂ICより車で約40分
・JR盛岡駅から高速バスで約2時間35分
※冬季は休業していることがあります
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栃木県「中禅寺金谷ホテル」
夏の外務省の伝統と気品を継ぐ湖畔の緑まばゆいリゾートホテル

フライフィッシングの発症の地であり、マス釣りのメッカといわれているのが中禅寺湖です。

明治の開国以来、外国人の行楽の地としても愛され、夏の外務省といわれていたときもありました。

中禅寺金谷ホテルは、その湖からほど近い緑溢れる森の中にあります。

平成になって建て替えられた建物は3代目です。

国際観光に力を入れ始めた政府が昭和15年に建設した日光観光ホテルを、日光金谷ホテルが経営を任され開業したのが始まりです。

太い柱で支えられ、自然と調和した色合いで建つログ風の建物は、カナダのJ.スタージェスの設計によるものです。

それだけに日本のホテルと異なった趣の、大自然の中に建つ外国リゾートホテルのような洒落た雰囲気があります。

客室はすべて湖に向かって窓が開かれ、淡いベージュと白を主体にインテリアが統一されています。

ベッドカバーなどに品のよいサーモンピンクが使われているのが好感が持てます。

バルコニーはミズナラの葉が夏には木陰を作り、冬には陽が当たるように配慮されています。

 

湖が手の届く距離に光って見えるプライベートバルコニーも悪くはありませんが、常連の方は2階にある宿泊客専用のロビーで本を読んだり、散策を楽しんだりとホテル全体を別荘感覚で過ごしています。

優雅に過ごす老夫婦の姿も見受けられ、伝統あるリゾートホテルの一面がうかがえます。

ウェイティングバーで、暮れゆく空を楽しみながら食前酒を飲み、ダイニングルームでフランス料理を味わう。

ゆっくりとしたディナーの時が持てるのもクラシカルホテルならではの一面です。

日光の特産品を活かし、季節の彩りを配したコース料理には、料理長が山で見つけた自然の味覚が添えられることもあるそうです。

バーに顔を出すと、心地好い音楽が流れています。

カウンターの向こうに飾られた「また会いましょう」とドイツ語で書かれた昔のボイラーの焚口が、歴史を物語っています。

 

[surfing_su_box_ex title=”中善寺金谷ホテル”] ・栃木県日光市中宮祠2484
・客室数:60室
・チェックイン:14時30分
・チェックアウト:11時
・東武、JR日光駅から湯本温泉行バスで約60分、中善寺金谷ホテル前下車
・日光宇都宮道路清滝ICからいろは坂経由で車で約25分
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三重県「志摩観光ホテル」
真珠を育む湾に囲まれた老舗ホテルでヘルシーなフレンチを満喫

老舗の風格を備えたリゾートホテル、志摩観光ホテルは、海辺にすくっと建っています。

志摩観光ホテルは戦後初のリゾートホテルとして誕生し、半世紀以上にわたる歴史を刻んできました。

その歩みは、日本のリゾートホテルの歴史そのものです。

真珠、とりわけ珍しい真円真珠「ミキモト」の養殖で知られる伊勢志摩の英虞湾は、戦後、進駐軍の将校夫妻をはじめ、多くの外国人が訪れる地として、名が広まりました。

英虞湾を見下ろす眺望に恵まれた位置に宿泊施設が建てられたのも、彼らの持つ外貨を得るための、いわば国策のひとつなのです。

 

英虞湾に浮かぶ賢島に位置する志摩観光ホテルの客室の窓から外を見やると、湾の彼方に沈む見事な夕焼けが見えます。

「ただただこの景色をぼんやりと眺めていたい。」そんな気にもなりますが、ここの名物は風景だけではありません。

 

 

伊勢海老やアワビなど、近海で獲れる豊かな食材を駆使したフレンチです。

これを目当てに、遠方から足を運ぶ常連さんも多いです。

こってりとした味になりがちなフレンチは、中高年の方には少々重たく感じられるでしょう。

志摩観光ホテルでは、素材の特質活かした料理法で、ヘルシーにさっぱりと召し上がっていただきたいと考え、あれこれと工夫しているそうです。

老舗の名に安住することなく、時代に合った味を模索する姿勢が素晴らしいです。

 

 

また、アレルギー体質の人や、苦手な食材がある人は、事前に申し出れば、メニューを変更するか料理法をアレンジしてくれる配慮もあります。

穏やかな湾を眺めながら味わう、素材の持つ旨味を最大限に引き出したメニューは、どれも絶品です。

 

 

 

[surfing_su_box_ex title=”志摩観光ホテル”] ・三重県志摩市可児町賢島
・客室数:本館129室、東館23室
・チェックイン:14時
・チェックアウト:11時
・名古屋駅から近鉄特急で約2時間
・大阪上本町から約2時間20分賢島で下車
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静岡県「ヴィラ・デル・ソル」
明治時代の洋館で歴史の匂いと波音に包まれて過ごす

目の前に相模湾の洋々たる海、背後には伊豆山の深い木立をひかえてヴィラ・デル・ソルは建っています。

ヴィラ・デル・ソルとは、スペイン語で「太陽の家」という意味です。

ヴィラ・デル・ソルは数奇な運命をたどったホテルです。

明治32年に侯爵徳川頼倫によって日本初の西洋式私設図書館「南葵文庫」として建てられましたが、昭和8年に頼倫の子、頼貞の別邸として神奈川県大磯に移され、その後、朽ち果てようとしていたのを熱海の老舗旅館「蓮菜」の女将が買い取って現在の位置に移築されました。

7年の歳月をかけて南葵文庫の重厚な佇まいが復元され、ホテルとして開業したのは昭和62年のことでした。

その昔、永井荷風や島崎藤村も通ったという1階の旧閲覧室は、往時の華やかさが偲ばれる贅沢な空間です。

ヨーロッパで買い揃えられたアンティークな椅子に腰かけると、不思議と心が穏やかになってきます。

ヴィラ・デル・ソルに娯楽施設はありません。

しかし、何をするともなくさざ波を聞きつつ佇んだり、庭へ出てきらめく海を見ているだけで、1日がなごやかに、そしてあっという間に過ぎていきます。

これこそ、欧米型の大人のリゾートホテルというものなのでしょう。

 

 

[surfing_su_box_ex title=”ヴィラ・デル・ソル”] ・静岡県熱海市伊豆山759
・客室数:6室
・チェックイン:14時
・チェックアウト:11時
・JR東海道新幹線熱海駅からタクシーで約5分、徒歩で約20分
・車では小田原厚木道路小田原西ICから国道135号線を利用し、熱海ビーチライン沿い
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避暑地の水辺にあるクラシカルなリゾートホテルの神髄

日本に初めてホテルが誕生したのは、徳川幕府が鎖国をといた翌年(1860年)のことで、場所は横浜でした。

明治に入り、外国人の増加とともにホテルも数を増やしていきます。

さらにその場所は東京、横浜、神戸のみならず、いわゆる避暑地に建設されはじめます。

外国人は日本の蒸し暑い夏に閉口し、より冷涼な土地で避暑を熱望していました。

そうした過程で発展したのが日光や箱根、軽井沢、雲仙といった避暑リゾートでした。

海沿いのリゾートホテルとしては、明治22年に開業した鎌倉海浜院ホテル(後の鎌倉海浜ホテル)が最初です。

結核患者の転地療養をほどこすサナトリウムとして建てられたものをリゾートホテルとして再建したものです。

その後、日本は日清・日露戦争で軍事力の増強とともに経済力もつけ、一部の裕福な日本人もリゾートホテルを利用したり、別荘を持つようになったりします。

同時にリゾートホテルも全国へ広がりを見せ始めました。

日本人はそれ以前から海水や潮風の効用を知っていて、湯治場のような宿は海辺に建てられていました。

しかし、打ち水や行水でひとときの涼を得ていた庶民が、リゾートホテルに目覚め受け入れていくのには時間を要しました。

戦前の外国人向けのホテルの伝統を受け継ぐクラシカルなリゾートホテルは、脈々と歴史を刻み続けています。

眺望の良さ、料理が美味しいことは当然として、経営者の見識や哲学が大切です。

その考え方に賛同するスタッフたちの存在も訪れる方が快適な時間を過ごすことのできる重要な要素です。

また、「ホテルの雰囲気はお客様が作る」といわれるように、客層の良し悪しも大切です。

これらがそのホテルでしか味わえない見事な雰囲気を醸し出すのです。

”そのホテルにしかない”絶景、歴史、流れる時間や空気がクラシカルなリゾートホテルにはあります。

まとめ

歴史と伝統のある避暑地のリゾートホテルには、そこにしかない雰囲気があります。

その雰囲気が堪能できる大人になった今だからこそ、足を運んでいただきたいと思います。

そして、ホテルの歴史上の人物の一人として、あなたの名前を記してはいかがでしょうか。


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